2016-17第3節/ベルテクスカップ

2016年 9月 15日

9月4日(日)

 

台風の影響で荒天中止が心配される中、朝から日差しが強く暑すぎるくらいの晴天となり、無事に第3節フラーテル・カップが行われました。

 

ここでのウォーミングアップはチームを超えてリーグごとに行われています。特にさくらリーグの方ではスティックを使用し他のチームの選手とコミュニケーションがとれるようなウォーミングアップが行われていました。他にも手つなぎ鬼などをして、わきあいあいとした雰囲気で試合への準備が整いました。最高のフォーマンスをするための準備はとても大切なことです。ウォーミングアップを担当して下さった先生方ありがとうございました。

 

試合に入ると、どの選手も一所懸命で勝ちにも得点にもこだわる姿勢が見られました。試合中の選手たちの表情はとても活き活きしています。また一点を追うチームがついに得点したとき、歓声が起こるほど盛り上がりました。

 

来月のフラーテル・カップでまたお会いしましょう。

 

次回開催は10/16(日)です。

 

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2016-17第2節/ベルテクスカップ

2016年 8月 6日

8月6日(土)

気温が最高35度近くある猛暑日の中、第2節フラーテル・カップが行われました。

ミックスリーグの試合(午前)は途中から15分ゲームから12分ゲームに変更し暑さ対策がとられました。

暑さをしのぐ場所の少ないコートですが試合になると選手たちは元気にコートを駆け巡り、選手たちの活気でさらに熱い庄内緑地公園となりました。

2016年の夏もホッケーが熱くなりそうですね。

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名古屋フラーテルホッケーチームの運営方針について

2016年 3月 9日

 日頃より、NPO法人愛知スポーツ倶楽部並びに名古屋フラーテルホッケーチームに対しまして、多大なるご支援、ご声援を頂き誠に有難うございます。
 当倶楽部は2016年3月8日(火)に理事会を開き、名古屋フラーテルホッケーチームの今後の運営方針を下記のとおりとすることを決定致しましたのでご報告申し上げます。
 名古屋フラーテルホッケーチームは、チャンピオンスポーツを標榜し、2006年より地元企業の協力の元、地域クラブチーム(運営母体は NPO法人愛知スポーツ倶楽部)としてスタートを切りました。以来10年間にわたり常に国内4大大会の完全制覇を目標として強化活動を行うとともに、日本ホッケー界の悲願である五輪出場に向け、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと3度のオリンピック予選に10名を超える代表選手を輩出してまいりました。しかし、残念ながら五輪出場には至りませんでした。一方で選手のセカンドキャリアについて十分な受け入れ態勢を築きながらも、チームや選手を取り巻く環境の変化などもあり、本来の目論見から大きなずれが生じることとなりました。フラーテル発足から10年。大きな節目を迎えた今シーズン、心機一転、チーム名を変更し新たなチームへと生まれ変わることと致しました。まずもってこれまで名古屋フラーテルホッケーチームを支えて頂きました皆様に改めて深く御礼を申し上げます。
 今後は、スタッフ、メンバーの若返りを図り、運営体制を再構築します。地域貢献も視野に入れながら、先ずは、エントリーする国内大会の優勝を目指し、一歩一歩、チームの基礎作りからスタートして参ります。新チームに対しましても倍旧のご指導、ご鞭撻をお願い申し上げます。

【チーム名の変更】
 「名古屋フラーテルホッケーチーム」から、「VERTEXホッケーチーム」に変更する(読み方:ベルテクスホッケーチーム)。VERTEXは、ラテン語で「頂点」を意味する。

【2016高円宮牌男子日本リーグ休会】
 VERTEXホッケーチームは、2016年度は高円宮牌男子日本リーグを休会とする。次年度以降については然るべき時期に判断する。
(※個別にリーグ加盟の他チームに補強選手として参加を認める場合がある)

【チームの活動体制】
 チームの活動については、会社業務とチーム活動のバランスを考え、土日を中心に国内遠征は月1回程度、平日は基本的に夕刻からのトレーニングを中心として活動する。
 「国民体育大会」「全日本社会人ホッケー選手権大会」「全日本ホッケー選手権大会」の3大会での優勝を目指す。
 日本代表に選出された選手については、当倶楽部で引き続き支援する。

【新スタッフ】
部長:神戸 勝(所属 NPO法人愛知スポーツ倶楽部 理事長)
監督:小澤 和幸(所属 表示灯(株))
主将:川上 良平(所属 ホンダロジコム(株))
副将:吉原 平太(所属 表示灯(株))
フロントマネージャー:錦織 拓(所属 表示灯(株))

※この件についての問い合わせは、フロントマネージャー錦織までご連絡ください。
 [email protected]

以上

平成28年3月9日

NPO法人愛知スポーツ倶楽部

理事長  神戸 勝

トップスポーツを観戦しよう!!

2015年 1月 9日

名古屋市を拠点とするトップスポーツチームは以下の通り大変多く存在します。
▼野球・・・「中日ドラゴンズ」
▼サッカー・・・「名古屋グランパスエイト」
▼フットサル・・・「名古屋オーシャンズ」
▼ハンドボール・・・「大同特殊鋼フェニックス(男子)」「HC名古屋(女子)」
▼バスケットボール・・・「三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋(男子)」「三菱電機コアラーズ(女子)」「トヨタ自動車アンテロープス(女子)」「豊田通商ファイティングイーグルス(男子)」
▼アメリカンフットボール・・・「名古屋サイクロンズ」
▼バレーボール・・・「大同特殊鋼レッドスター」
▼女子サッカー・・・「Ngu名古屋FCレディース」
▼ホッケー・・・「名古屋フラーテルホッケーチーム」
これだけ多岐に渡るチームが名古屋で活動をしているのです。
すなわち多くの試合が名古屋で行われて、トップレベルの試合を観戦できるチャンスがあります。
既にシーズンオフになっている競技もありますが、室内競技はまだまだ白熱した試合を観ることができます。
1月に名古屋で開催される試合を以下の通り、一覧にしました。
チケットの入手方法や会場へのアクセスにつきましては、各チームのwebサイトなどからお調べ下さい。

◎フットサル
1月25日(日)14:00~名古屋オーシャンズvsデウソン神戸 名古屋市港区/テバオーシャンアリーナ
1月30日(金)19:30~名古屋オーシャンズvsエスポラーダ北海道 名古屋市港区/テバオーシャンアリーナ
◎ハンドボール
1月18日(日)13:00~HC名古屋vsオムロン 名古屋市瑞穂区/ブラザー体育館
◎バスケットボール
1月17日(土)14:00~トヨタ自動車アンテロープスvsトヨタ紡織 豊田市/スカイホール豊田
1月18日(日)14:00~トヨタ自動車アンテロープスvsトヨタ紡織 豊田市/スカイホール豊田
1月24日(土)12:30~豊田通商ファイティングイーグルスvs豊田合成スコーピオンズ 大府市/大府市民体育館
1月25日(日)12:30~豊田通商ファイティングイーグルスvs豊田合成スコーピオンズ 大府市/大府市民体育館
1月31日(土)16:00~三菱電機コアラーズvs日立ハイテククーガーズ 名古屋市中区/愛知県体育館

謹賀新年~新年のご挨拶~

2015年 1月 5日

謹んで新年のお慶びを申し上げます。
旧年中は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
お蔭様で2014年の活動を無事終えることができました。
また、クラブの所属チームであります、名古屋フラーテルホッケーチームは、国内大会四冠を達成致しました。
このように活動が継続できますのもひとえに所属会員の皆様、協賛企業の皆様、法人関係者といった皆様のご支援とご協力の賜物と感謝しております。
クラブを代表しまして、改めて御礼申し上げます。
2015年は、弊クラブが設立10周年を迎える節目の年となります。
多くの皆様にスポーツの楽しさを実感頂けるようなプログラムを今後も展開して参る所存でございます。本年もNPO法人愛知スポーツ倶楽部を何卒宜しくお願い申し上げます。

NPO法人愛知スポーツ倶楽部
理事長  神戸 勝

トップリーグ12/14試合結果/フラーテル・カップ

2014年 12月 24日

フラーテル・カップ2014-15 12/14(日)トップリーグ

△FHSC 0-0 AMANO CLUB△
△名古屋テクニカル 0-0 国際△
△遠藤JAPAN 1-1 向陽△
○名古屋テクニカル 1-0 愛産●
●向陽 0-1 国際○
△橘クラブ 0-0 遠藤JAPAN△

ミックスリーグ12/14試合結果/フラーテル・カップ

2014年 12月 24日

フラーテル・カップ2014-15 12/14(日)ミックスリーグ

◎サムライリーグ
○フラスケット木曽川 4-1 名古屋国際B●
○グランティーオスA 4-3 グランティーオスB●
○FHSC 3-1 名古屋国際A●
○名古屋国際B 4-3 グランティーオスB●
●フラスケット木曽川 2-3 名古屋国際A○
○FHSC 12-2 グランティーオスA●

◎さくらリーグ
○ZeFF.758 3-1 RISING CA●(オープン戦)
○丘の上のCA 2-1 村雲●
△ZeFF.758 1-1 丘の上のCA△(オープン戦)
○RISING CA 3-0 村雲●

※向陽Pixies、向陽Elvesは、強化遠征のため不参加。

はじめよう!つづけよう!スポーティブライフin瑞穂

2014年 12月 3日

11月24日(月祝)は秋晴れの中、瑞穂運動場にて開催されました『はじめよう!つづけよう!スポーティブライフin瑞穂』に、フラーテルの選手が参加しました
まずは、陸上競技場正面に設置されたステージにて、トークライブが開催され、#9藤本一平選手がホッケーの魅力についてアピールしてきました。
でらスポ名古屋加盟チームの共演者の皆さんは以下の通りです。
30分間をかけて、各選手が競技との出会いや、観戦ポイントなどを、話していきました。
・名古屋グランパス 田口泰士選手
・名古屋オーシャンズ 渡邉知晃選手
・HC名古屋 福井美樹選手
・名古屋サイクロンズ 成田欣正選手
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トークライブの後は、ラグビー場横の練習場に場所を移して、クリニックの開催です。
今年フカフカの人工芝に張り替えられて、転んでも擦り剥く心配のない環境が整えられていました。
市内の小学生の低学年、中学年、高学年の各グループ約35名には、簡単なルール説明や準備運動を行った後、ホッケーをとにかく楽しんでもらおうとミニゲームを中心に行いました。

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そして最後は皆で集合写真を撮影。
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今後も地域のイベントに積極的に参加することで、多くの方にスポーツの楽しさやホッケーの魅力を伝える活動を行っていきたいと思います。

中学生都道府県対抗大会/ホッケー

2014年 11月 26日

今年も名古屋国際中学校のホッケー部の皆さんと、クラブ生で愛知県の選抜チームを結成し、都道府県対抗大会に参戦しました。

学校がバラバラであるため、合同練習の時間がなかなか取れない中、日を重ねるごとにチームワークは増し、大変良い雰囲気で大会を迎えることが出来ました。

初戦で山形県に勝利すると、2回戦は6人制大会で全国優勝を成し遂げた栃木県との対戦、0-6で大敗を喫することとなりました。

しかし、子どもたちは目覚ましい成長を遂げました。

今後の子どもたちの活躍が楽しみです。

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【コラム】次世代に伝えるスポーツ物語 第216回  サッカー・杉山隆一

2014年 11月 26日

 「アルゼンチン戦の得点は、半世紀がたったいまでも鮮明に覚えています。左から中央に切れ込み、相手のペナルティーエリア左角付近で右足を振り抜きました。練習で繰り返していた得意の形だったので、うれしかったね」
 50年前の1964年東京五輪をこう振り返るのは当時のサッカー日本代表、杉山隆一。アルゼンチン戦は駒沢競技場で行われた日本の初戦。そして鮮明に覚えているという得点は同点ゴールとなる日本の1点目だった。この試合、日本は南米の強豪を3-2の逆転で下す。杉山は試合後、アルゼンチン側から「20万ドル(当時1ドル=360円、約7200万円)で、連れて帰りたい」と言われたという。「20万ドルの左足」と称されるようになる理由だ。まさに歴史的勝利だった。
 この大番狂わせから遡ること4年弱。1960年11月、後に「日本サッカーの父」と称されるデットマール・クラマーが初来日を果たす。以降、日本では自国開催となる東京、続くメキシコ五輪に向けた研鑽の日々が始まる。杉山は苦笑いとともに当時を振り返る。「1960年にクラマーさんが来て、初めてボールリフティングを見たんですよ。いま考えたら笑っちゃう。サッカーの基本を代表合宿で初めて教わったんだからね。基本的な蹴り方も教わりました。クラマーさんは『これが代表選手なのか』とびっくりしたでしょうね」―。
 1941年7月4日生まれ、静岡県出身。中学時代からサッカーをはじめ、清水東高時代に国体で優勝。19歳で日本代表入りし、明治大在学中に東京五輪を迎えた。俊足を生かし、アルゼンチン戦に続くガーナ戦でも1得点1アシストの活躍を演じた。試合は2-3で惜敗したが、D組2位で準々決勝に進出し、チェコスロバキア(当時)に0-4で敗れはしたが、8強という好結果を残した。
 そして、この東京五輪から銅メダルに輝いた4年後のメキシコ五輪まで、多くのメンバーが残ってチームは成熟していく。杉山は「東京でアルゼンチンに勝って、『自分たちにもできる』と自信をつけた経験は大きかったんでしょうね。同じ顔ぶれで連携を磨くこともできました。振り返ると、東京五輪はメキシコで表彰台に立つための大きな通過点だったですね」。
 メキシコでも、杉山は5アシストを記録するなど、チームを支えた。大学卒業後は三菱重工で活躍。1969、1973年と2度の日本リーグ優勝などにも貢献した。1974年に現役引退し、請われてヤマハ発動機監督に就任。静岡県リーグ2部チームを日本リーグ1部に押し上げ、現在のジュビロ磐田の基礎を築いた。その後も後進の指導、競技の発展に寄与、現在も静岡県サッカー協会副会長を務めている。=敬称略(昌)

(提供 日本トップリーグ連携機構)